高齢期に心身の健康を維持するためには「運動・栄養・交流」の3つが大切であるとされています。高齢者の多くがこれらの点に気を付けており、昔に比べると、元気な人たちが目に見えて増えてきました。
2006年に発表された「日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究」(鈴木隆雄氏)という論文では、歩行速度の観点から、「2002年の高齢者は、1992年の高齢者より10歳程度若返っている」と結論付けています。2002年から20年近くたち、スポーツ庁が実施する「体力・運動能力調査」で、高齢者の身体はさらに若返っていることが分かっているので、今の75歳の体力は30年前の60代前半に相当するくらいになっているのかもしれません。
健康維持の3つのポイントのうち実践がなかなか難しい人がいるのは「交流」です。運動も食事も自分の心掛け次第ですが、交流は他人がいないとできないからです。地方都市や郊外に住んでいて、周囲に人があまりいない高齢者の中には、他者と交流する機会がほとんどない人がいます。都心部でも、高齢者のみの世帯や1人暮らしの高齢者が増えているため、これからは「交流」が特に重要なテーマになるでしょう。他者との交流によって、運動や食事への意欲が高まるという関係性も見逃せないところです。
では、高齢者はどのような交流を望んでいるのでしょうか。私たち、NPO法人「老いの工学研究所」が昨年末に調査したデータから考えてみたいと思います(65歳から93歳まで、302人が回答)。
高齢者に「同世代」「40~50代」「10~30代」の3つから、「交流を望んでいる世代」について選んでいただいたところ、男女とも「同世代」が8割超で最も多くなりました。もちろん、世代間交流を望んでいる人も多くいますが、「40~50代」「10~30代」と交流対象が若くなるほど低くなっていて、その傾向は女性ほど顕著に表れています。世代別には、(2)のグラフの通りです。どの年代でも同様に同世代との交流を望む人が多く、年を取るほどその傾向が強くなっていることが分かります。
一方で、「年を取ったら、若い人たちと交流した方がいい」という意見もよく耳にします。若い人との触れ合いによって、いろいろな刺激を受けることが活力や癒やしにつながるというのは確かでしょうし、世代間の相互理解や融和という観点でも大事なことだと思います。高齢者側もこの点は自覚しておられるでしょう。しかし、実際は同世代での交流を望んでいる――これには3つの理由が考えられます。
1つ目は、高齢期の心身の状態や置かれている環境を互いに理解し合いやすいこと。体が痛い、病気がち、疲れやすい、不安でふさぎがちになることがある。そういった状況や心理は若い人にはなかなか理解できません。歩くスピードも、ITなどに関する新しい技術を使いこなす力も若い人とは違うため、「一緒にいると疲れる」という部分もあるはずです。
2つ目は、共通の話題があること。若い人と昔話はできません。戦後から高度成長期の“もの”がない貧しい時代、そこからバブル前くらいまでにかけて、仕事や子育てに必死になってきた頃の話は同世代だからこそ弾むわけです。高齢者と若い人との対話はどちらかが一方的に伝え、どちらかが受け身になって学ぶだけになりがちです。
3つ目は、高齢者同士の方が日常的に会える機会が多いこと。そうした機会の多さは互いを見守り合い、助け合える関係がつくりやすくなるという点で、高齢者にとって重要な要素です。仕事がある若い人とはなかなか交流が持てませんが、高齢者同士なら、朝や日中の時間に会いやすいもの。これが日頃の暮らしの安心になるということです。
●交流を望む相手は「趣味の仲間」
これらを裏付けるのが(3)の「どのような交流相手を望むか」のグラフです。男女とも「趣味の仲間との交流」「近所の人たちとの交流」が高くなり、「自分の子どもや孫たちとの交流」を上回っています。
子や孫との交流は、それは楽しいものでしょう。しかし、それはほとんどの高齢者にとって、年に数回しかないイベントです。また、孫が何日かいたら、「楽しいけれど、疲れ切ってしまう」という高齢者も少なくありません。相手をするのが本当に大変なのでしょう。それよりも、もっと日常的にある交流、それも気楽に心置きなく振る舞える交流を望んでいるということだと思います。
これらのデータには、高齢者心理がよく表れています。現代の高齢者が望む交流とは、高齢期ならではの漠然とした不安を背景とした、日常的に会いやすい人との何気ない交流なのであって、決して「世代間交流を通して若返る」ことではないのでしょう。冒頭で書いたように、高齢者の「身体」は近年、大きく変わりました。その若くなった身体を生かすためにも、今後は「環境」を変えていくべきだと思います。日常的に同世代と触れ合える「環境」に身を置くことです。
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