「改正高年齢者雇用安定法」が施行されたのは2013年のことです。これにより、企業は(1)定年制の廃止(2)定年の引き上げ(3)継続雇用制度の導入、のいずれかによって、希望する従業員を65歳まで雇用しなければならなくなりました。さらに、今年4月1日の一部改正法施行によって、70歳まで就業できる制度の導入に努めることが義務化されました。このような雇用延長に対して、筆者は当初、高齢期の暮らしに徐々になじんでいくソフトランディングの期間になるのではないかと想像していました。
雇用延長後はほとんどの人がそれまでとは違う役割になりますし、若い人と同じように月曜日から金曜日までフルタイムで、あるいは残業してまで働くわけでもありません。従って、時間的にも精神的にも余裕ができ、その時間と余裕を仕事とは異なる活動に少しずつ振り分けられます。そうして、徐々に生活環境の変化に対応していけるので、「定年で急に生活環境が一変してしまう」ようなことは減っていくのではないかと想像したわけです。
ところが、次に紹介するデータを見るとそうはなっていないようです。
一般社団法人日本老年学的評価研究機構が実施した、高齢者の社会参加の状況について2010年度と2016年度を比較した調査研究(「地域在住高齢者における社会参加割合変化-JAGES6年間の繰り返し横断研究-」)があります。これによると、65~69 歳の男性が「就労」している割合は6年間で9.0ポイント増加し50%超になりました。ところが逆に、ボランティアの会・スポーツの会・趣味の会などの「グループ活動」への参加割合は9.0ポイント減少して約30%となっています(就労もグループ活動も月1回以上で「参加あり」とカウント)。
「改正高年齢者雇用安定法の施行によって、働き続ける人は9ポイント増えたが、グループ活動に参加する人も9ポイント減少した」。つまり、加減して働きながら、高齢期の暮らしに徐々になじんでいくのではなく、ただ、現役時代が延びただけ――。これは雇用延長がソフトランディングのための期間にはなっておらず、ハードランディング(生活環境の急な変化に適応)する時期が先送りされただけになってしまっているということです。
ちなみに、女性では就労割合は6.6ポイント増で30%超になりましたが、グループ活動への参加割合は1.3ポイントの減少にとどまり、ほぼ横ばいになっています。女性も働き続ける人が増えたものの、それがグループ活動への参加意欲に影響を及ぼさなかったという点で男性とは異なる結果となっています。
さまざまな調査研究や事例が指摘するのは、リタイア後の男性が地域で居場所や役割を持てていないという問題です。これは現役時代に家事や育児、地域活動に携わらず、もっぱら、会社での仕事に力を注ぐという日本男性特有のライフスタイルが反映したものだと考えられます。だから、欧米ではリタイア後の高齢男性の居場所問題は発生しないのです。
雇用延長は仕事を加減しながら、徐々に地域での居場所を見つけていく期間になり得るという意味で、この問題の解決策の一つだと思われたものの、先述のデータを見ると全くそうはなっていません。それどころか、問題を深刻にしてしまう可能性すらあります。生活環境の変化に適応する能力は、普通は若いうちほどあるからです。
このままだと、70歳になって、いきなり新しい生活環境に置かれる人が増えます。65歳とはかなり違うでしょうから、地域になじめない男性がこれまで以上に増えるでしょう。意欲も能力もある人が希望する限り働き続けられる仕組みづくりは重要ですが、それがリタイア後の男性の居場所問題を、より深刻にしてしまうような事態は避けなければなりません。
働き続ける本人にとっては単に雇用が延長されたというだけでなく、その後の長い人生に向かって、ソフトランディングができるようにする期間だと考えることが大事になりますし、行政や地域も、仕事を継続している男性が地域に徐々になじめるような仕組みやプログラムを用意しておくことが欠かせないといえるでしょう。
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