老いゆく両親に寄り添って② ~高齢者を取り巻く理想と現実

西澤一二(老いの工学研究所・初代理事長)

第2回目の今回は、高齢者に特有のリスクについて話したいと思います。私の母は、パーキンソン病に罹患しましたが、実は、前回お話した脳深部刺激治療(DBS:deep brain stimulation)のための入院以外、パーキンソン病を原因として長期の入院が必要になったことはありません。そして、パーキンソン病は徐々に進んでいたので、ヘルパーさんのお世話になることで、父と二人で暮らす自宅での介護について大きな負担感はありませんでした。(実は、このとき既に別の大きな問題をはらんでいたのですが、これについては、別の機会にお話します。)

その自宅での生活に大きな変化が起こったのは、母の入院でした。入院の原因は、転倒による大腿骨頚部骨折です。その当時の母は、要介護3程度。何とか自力でトイレにいける程の状態でした。ところがある日、トイレに行こうとしていた時にウェアリングオフ現象(薬の効果の狭間や、日内変動により急に動けなくなる症状)が起き、転倒したのです。

子供や若者であれば、転倒で骨折にいたることはまれですが、高齢者の場合、尻餅をついたときに脊椎椎体を、横向けに転んだときには大腿骨頚部を骨折することが多くなっています。骨粗しょう症等により骨がもろくなっており、小さな外力でも骨折にいたるいわゆる病的骨折と言われるものです。特にこの2箇所の骨折は、同じ転倒による骨折でも橈骨・尺骨(とうこつ・しゃっこつ、いずれも手首)等の骨折に比べて、手術や長期の臥床を余儀なくされることから、後々の影響が大きくなります。

高齢者の骨折の場合、血流量の関係などから治癒までに時間がかかるということもありますが、母の場合一番問題になったのは、入院による譫妄症状が出たことでした。譫妄とは、「病気や入院による環境の変化などで脳がうまく働かなくなり、興奮して、話す言葉やふるまいに一時的に混乱が見られる状態。人の区別が付かなかったり、ないものが見えたり、ない音が聞こえたりすることがある。また、ぼんやりしているかと思うと急に感情を高ぶらせることもある。」といった症状です。

母は、骨折した部分をチタンでできた人口骨頭に交換してセメントで固定する、人口骨頭置換術という手術を行いました。この手術は接合した部分の骨が回復するまで待つのではなくセメントで固めてしまうので、極端に言えば手術の傷口さえ大丈夫ならすぐにリハビリを開始できるのですが、母の場合譫妄状態が落ち着くまでリハビリを開始できませんでした。そのことにより、入院がさらに長期化することになりました。

入院の長期化により、パーキンソン病の進行とあいまって、関節の拘縮が進み、日常生活に刺激がなくなったからか、食欲等もなくなり、いわゆる廃用症候群の症状が加速していきました。こうなると骨折が直ったからといって退院後自宅で同じように生活をというわけにはいきません。結局、その後母は医療療養型病床のある病院にお世話になることになり、そのまま自宅に戻ることはかないませんでした。ちょっとした転倒でも、高齢者にとっては一生を左右する大事故につながるということを、骨身にしみて実感した出来事でした。