健康な高齢者は、近所の人たちと仲がいい。

 今年3月、筆者が理事長を務める高齢者研究のNPO法人「老いの工学研究所」で、「同じ地域に住む人たちに対する感情」と「健康や幸福」との関係について調査を行いました。回答者は、65~89歳までの318人(平均年齢76.1歳)です。

 具体的には、「私は近くに住んでいる人たちを信頼している」「私が住んでいる地域には、いざというときに助け合う雰囲気がある」「住んでいる地域には、私の心配事や愚痴を聞いてくれる人がいる」といった、近くに住む人たちに対する感情についての設問を8つ、それぞれ5点満点(「そう思う」5点、「ややそう思う」4点、「どちらともいえない」3点、「あまりそう思わない」2点、「そう思わない」1点)でつける形式です。

 追加で、「あなたは今、どの程度幸せですか?」「あなたの健康状態はいかがですか?」という質問をし、いずれも10点満点(「とても幸せ(健康)」10点~「とても不幸(不健康)」0点)で回答していただきました。

 その結果、近所の人たちに対してポジティブな感情を持っている人ほど、健康の実感や幸福感が高いことが分かりました。

 健康実感については、近所の人たちへの感情を聞いた質問の平均点が低かった人(3点未満)は7.2点、3~4点の人は7.3点、4点以上の人は8.3点と上がっていきます。同じように、幸福感も6.4点→7.7点→8.4点と上昇しました。


●近所の人たちとの関係は、なぜ大事か

 高齢期の幸福や健康が、周囲の人たちとの交流の多寡やその質(社会関係資本)に影響を受けるという論文は既に数多く存在していますが、今回の調査においても、近くに住んでいる人たちと信頼しあい、その関係が良好であればあるほど、幸福で健康な高齢期が実現しやすいという結果が得られました。

 高齢期の健康維持には、「運動」「栄養」「交流」が重要だとされます。この3つを心掛けている人も多いでしょう。ただし、これらはバラバラの関係ではなく、また同じように重要というわけではないことが分かってきています。

 東京大学高齢社会総合研究機構・飯島勝矢教授らは、千葉県柏市で行ってきた大規模研究の結果を通して、「ドミノ倒しにならないように。社会とのつながりを失うことが、フレイルの最初の入口です」と呼び掛けています。つまり高齢期の衰えは、現実には“人とのつながりや交流を失ったことがきっかけ”となって、行動範囲が狭くなり、運動や食事に対する意欲も低下していき、生活習慣が悪化して身体が衰えていくというケースが多いというわけです。

 そう考えると、近所の人たちに対してポジティブな感情を持っている人ほど、健康の実感や幸福感が高いというのも合点がいきます。つまり、近くに住んでいる人たちに対する信頼感や親しみがあるので、人とのつながりを維持し、交流の機会も多く持てます。これによって自然な形で(努力しなくても)、運動や食事を含めたよい生活習慣が実現し、衰えを防ぐことになります。近くにいる人たちとのつながりが、フレイルの入り口に立ってしまうことを、未然に防いでいるということです。


●「つながり」は、立派な健康法

 この視点で、現在の高齢者の暮らす環境を見てみると、決してよいとはいえません。郊外や田舎に行けば、多くのところで昔にあったような地域コミュニティーが失われてしまっていますし、人をほとんど見かけない場所もあります。近くに住んでいる人たちへの信頼感や親しみは昔に比べれば、大きく低下しているのは間違いないでしょう。

 かといって、人が多くいればいいかというとそうでもありません。最近、駅に近いマンションに住み替える高齢者が増えましたが、住人同士の関係が分断されていて、隣に誰が住んでいるか分からない、すれ違ってもあいさつもしないようなマンションなら、人とほとんど会わない田舎と実質的には同じです。

 こう書くと、「年を取ったら面倒な人間関係は持ちたくない」という声が必ず聞こえてくるのですが、筆者は別に「嫌な人とも付き合おう」「皆で一緒に群れるように交流しよう」と言っているのではありません。どのように関わろうが本人の自由で構いませんが、心身ともに健やかな高齢期をつくるには、周りに人がいて、その人たちに肯定的な感情を持ち、互いに自然な距離で関係を維持しているという状態でいることが重要であると述べたいだけです。心身共に健やかな高齢期を実現したいのであれば、“つながりは、最高の健康法”。そう言って差し支えないと、筆者は思っています。