七夕には、「宝くじに当たりますように」といった幸運や、「◯◯に合格できますように」などの目標達成を願って短冊にしたためるのが定番です。しかし、高齢者に限ると、どのような願い事が多いのだろうか――。高齢期のライフスタイルの研究を行う筆者は、そんな興味から、とある高齢者住宅の協力を得て、七夕にロビーに飾られた短冊を提供いただき(名前などを除き内容のみ)、分析を行いました。
●七夕の短冊に書かれていたこと
計337枚の短冊に書かれた内容を分類した結果、最も多かったのは、「他の入居者やマンション全体の健康や幸福を願う内容」(27.6%)で、「自分の健康や幸福を願う内容」(24%)を上回りました。具体的には「皆さまが、いつまでも幸せでありますように」「ここにいる皆が、健康で笑顔で過ごせますように」「皆さんが、いつまでも仲良く穏やかに暮らせますように」といった内容が目立ちます。またこれに、「世界の平和や社会の安定」「家族の健康や幸福」も加えると、他者の幸せを願う内容は全体の44%に上りました。
一方、「自分の幸運や目標達成を願う内容」はわずか4.7%となっており、七夕の短冊に書かれる定番の個人的願望は、かなり少ないことが分かります。
年齢を重ねていく中で、「自己実現を果たした感覚を得る」「自分のことより誰かの役に立ちたいと思うようになる」「多様な経験を通じて人生への諦念を感じるようになる」といった心情の変化が生じ、自分中心から「他者」や「社会」へと思考や関心が移っていくことの表れとも考えられます。
もっとも今回は、入居者同士のつながりがあり、交流も活発な住宅に暮らす高齢者を対象としたものであり、人間関係や交流機会の乏しい高齢者が、同じような内容を短冊に書くかどうかは分かりません。しかしながら、交流の活発なコミュニティーの中で暮らすことが、他者への関心を高め、他者のことを思いやる気持ちを育み、互助関係のある安心で暮らしやすいコミュニティーづくりにつながっていく可能性は高いでしょう。
●単語の出現頻度に見る、高齢期の成熟
今回の短冊で多く使われている単語を見ていくと、名詞では「健康」「元気」「幸せ」「平和」、形容詞では「楽しい」「良い」「明るい」「長い」「やさしい」といった語が上位に並びました。
これらの言葉からは、夢や目標、頑張りや努力といったことではなく、健康を保ちながら穏やかで安定した日々を過ごしていきたいという、ささやかな願いが感じられます。また、日々の暮らしに求めるのは、豪華さや華やかさ、刺激といったものではなく、何気ない毎日の継続、自分らしく過ごせる質の高い時間といったことであるのが分かります。さらに、「幸せ」や「平和」といった言葉には、家族や社会への思いやりがにじみます。
もちろんこれについても、人とのつながりがある穏やかな環境で暮らしている高齢者の方々が書いた短冊であり、すべての高齢者に当てはまるものではありません。孤独や不安の中にある人の願いには、また違った言葉があるかもしれません。それでも、少なくとも良質なコミュニティーに暮らす高齢者は、衰えや喪失を嘆いているわけではなく、自分中心から脱して誰かの幸せを祈る、何気ない日々に幸せや満足を見出してその継続を願うという心境であり、人間的な成熟を実現していっておられるということは言えるように思います。
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